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不可能なんて思った時点で不可能です。

考え方

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 不可能なんて思った時点で不可能です。

 

 

分にはできっこない・・・

 

あなたはこう思うことはありませんか?

 

 

何かにチャレンジしようとした時

やる前から、諦めていることありませんか?

 

自ら可能性という光を遮断して

殻にこもって不貞腐れて

できない自分に落胆する…

 

なんて経験はありませんか?

 

 

僕は今の仕事を始める前、

「鎖につながれた象」

という話を知りました。

 

 

僕は今

鎖に繋がれているんだ、

と気づきました。

 

僕にとって衝撃的な話でした。

 

 

「俺はこのままじゃダメだ・・・」

と気づかされました。

 

 

この物語のおかげで、

今があるといっても

過言ではないです。

 

 

今日はその話を

シェアしようと思います。

 

その寓話は、以下のように始まります。

 

 

鎖に繋がれた象

 

 

「できないよ。」

 

 

僕は言った。

 

 

「できっこないんだ!」

 

 

すると彼はこう尋ねた。

 

 

『本当に?』

 

 

 

「うん。彼女の前できちんと自分の気持ちを伝えたい、

ただそれだけなのに・・・・・・。

でもできるわけないんだ」

 

 

彼は、診療所に付き物のあの味気ない

青い椅子にあぐらをかいて座った。

 

 

微笑んで僕の目を見て、声を落としながら言った。

 

 

 

『ひとつ聞いてもらいたい話があるんだが、いいかな』

 

僕の返事を待つことなく、

彼は話しはじめた。

 

 

 

私は子供の頃サーカスが大好きで、

中でも動物ショーが一番の楽しみだった。

 

 

特に象がお気に入りだったんだけど、

実は私だけではなく他の子供にとっても

いちばん人気だったようだ。

 

 

その大きな動物は舞台に上がると、

持ち前のすさまじい体重や図体、

怪力をみごとに披露していた。

 

 

しかし演技が終わって

次の出番を待つあいだ、

象はいつも地面のちっぽけな

「杭」に足を鎖でつながれていた。

 

 

ところがその杭というのは、

地面にいくらも打ち込まれていないような

小さな木のかけらなのだ。

 

 

確かに鎖は太く頑丈そうだったが、

木を根こそぎ一本

引き抜くほどの力を持った動物なら、

 

 

杭をひっこ抜いて

逃げることなど簡単そうなのに・・・・・・。

 

その疑問は誰もが抱くものだろうと思う。

 

 

 

「いったい何が象を捕まえているんだろう?」

 

「どうして逃げないんだろう?」

 

 

5・6歳だった私は、

先生や父親、周りの大人たちに聞いてみた。

 

 

 

「象は飼い馴らされているから逃げないんだよ」

 

と答えた人もいた。

 

 

そういうとき、

私は当然次のように質問を返した。

 

 

「飼い馴らされているんだったら、

どうして鎖につながれているの?」

 

 

しかし、つじつまの合う答えが返ったきた覚えはない。

 

 

時とともに

象と杭の謎については忘れ、

 

同じ思い出を持った人に

出会ったときに思い出すくらいだった。

 

数年前、たまたま。

その疑問に答えられる本当に賢い人に出会った。

 

 

その答えはこうだ。

 

 

「サーカスの象が逃げないのは、

とっても小さいときから同じような杭につながれているからだ」

 

 

僕は目を閉じて、

生まれたばかりのか弱い象が

杭につながれているところを思い浮かべた。

 

 

そのとき象は、

押したり、引いたり、

 

汗だくになって

逃げようとしたに違いない。

 

 

でも努力の甲斐なく

逃げることはできなかった。

 

 

小さな象にとって、

杭はあまりに大きすぎたのだ。

疲れきって眠ったことだろう。

 

 

 

次の日もまた逃げようと頑張って、

次の日も、そのまた次の日も・・・・・・。

 

 

ついにある日、

その象の一生において

いちばん恐ろしいことになるその日、

 

象は自分の無力さを認めて、

運命に身を委ねたのだ。

 

 

サーカスで見る大きく力強い象は、

かわいそうなことに

 

”自分にはできない”

 

と信じ込んでいるから逃げないのだ。

 

 

生まれて間もないときに

「無力だ」と感じた、

その記憶が頭にこびりついている。

 

 

そして最悪なのは、

二度とその記憶について

真剣に考え直さなかったことだ。

 

 

二度と、二度と、

自分の力を試そうとはしなかったのだ。

 

 

『そういうことさ。

みんな少しずつこの象のような部分をもっている。

 

 

自由を奪う何百という

鎖につながれたまま生きているんだ。

 

 

遠い過去、一度だけ、

子供の頃に試してみてできなかった。

 

 

ただそれだけで、

私たちは山ほどのことを

”できない”と思いながら生きている。

 

 

あの象と同じように、

記憶の中にひとつのメッセージを

刻み込んでしまったんだ。

 

 

”できない、今もできないし、

これからもずっとできない”とね。

 

このメッセージを

自分自身に埋め込んだまま大きくなったから、

 

もう二度とその杭から

自由になろうとしないんだ。

 

 

ときどき、足かせがついている

気がして鎖を揺らしてみるとき、

横目で杭を見ながら考える。

 

 

『”できない、今もこれからも絶対にできない”』

 

彼はしばらく間を置いた。

 

 

そして近寄ってきて

僕の目の前に座り、こう続けた。

 

 

 

『これが今の君の状態だ。

小さな君の記憶に縛られて生きている。

 

もう存在しない君、できなかった君のね。

できるかどうかを知るには、

もう一度全身全霊で取り組んでみるしかない。

 

全身全霊だ!』

 

 

 

(鎖に繋がれた象 end)

 

過去の経験が”自分”という かけがいの無いあなたを縛りつけています。

 

 

象は、昔できなかったことを

"今もできない”と思い込んでいました。

 

 

・今の自分にはできない

・明日の自分にもできない

・5年後の自分にもできていないだろう

・将来ずっとできないだろう

 

 

 

あなたにも、そう思っているような

同じような経験がありませんか?

 

昔の経験から、

”できない”と決め付けて

挑戦することを忘れていませんか?

 

 

 

「どうせ私にはできない」

 

と決め付けてチャレンジすることを

やめていませんか? 

 

 

僕は小学2年生のとき、

縄跳びの二重とびができませんでした。

全くできなくて、

 

 

それから数年間、

自ら二重とびを敬遠していました。

 

 

でも、小学6年生のある日、

なにげなく挑戦してみたら、

あっさりと2重とびができたのです。

 

 

しかも、

1回だけでなく、2回、3回・・・・。

 

僕は驚きました。

 

 

絶対に僕にはできないと思っていたことが、

サラっとできてしまったのです。

 

 

 

あなたも鎖に繋がれていませんか?

 

 

あなたは

でも、どうせ、だって・・・・・

 

 

そんな「負のイニシャルd

を連呼していませんか?

 

 

やる前から、諦めていませんか?

 

 

「どうせ自分にはできないから」

と言ってやる前から諦める。

 

 

どうせ、俺は大金持ちになんてなれない。

どうせ、私はパソコンなんていじれない。

どうせ、僕はホームランなんて打てない。

どうせ・・・・・

 

 

それこそが

あなたの小さな杭です。

 

 

今のあなたなら、

すぐに外せる小さな杭なのに

 

昔の自分のままだと思うから、

やろうとしない。

 

やろうとしないからできない。

 

もう、この記事を読んでからは

不可能なんて思わないでください。

 

 

 

もっと可能性を広げようぜ‼︎

 

 

僕はそう思って

この記事を書いています。

 

昔できなかったことと、

今の自分は関係ありません。

 

 

日々、あなたは進化しています。

僕だって進化しています。

 

鎖につながれた象にならないように、

諦めるのは、やれるだけ

やってからにしてください。

 

 

昨日ダメだったなら、

今日やってください!

 

 

今日もダメだったなら、

明日の朝起きてやってください!

 

 

それで抜けない杭なんて、

無いのですから。

 

早く杭を抜いて

自由になってください。

 

できないと思っていたことが

できるようになって

可能性という光に飛び込んでみてください。

 

 

時間の制約は刻一刻と迫っています。

 

 

以前の記事でも書きましたが

人生というのは長いようで短いものです。

 

24時間という制約の中で

生きる僕たちは、

 

必ずしも時間的制約はつきものです。

 

 

平均年齢で僕たちが

生きることのできる日数は

 

約30,000日

と言われています。

 

 

20歳を過ぎている人は

もうその3分の1近くは

終わっています。

 

 

この数字を見てあなたは何感じますか?

 

 

 

今日は多くは語りません。

あなたのこれからの活躍を

期待しています。

 

 

最後まで読んでくださり、

ありがとうございました。